”お酒は飲まない主義”のドローン開発部・本部長-戸國 英器-【社員インタビュー vol.2】

-「ものづくり」を心から愛する職人肌!-

こんにちは、VFR広報の村中です。

「社員インタビュー vol.2」ということで、VFRの中枢人物である「ドローン開発担当の戸國 英器 本部長」にインタビューして参りました。

普段は寡黙で飲み会にもあまり顔を出されない方なので、プライベートや深い話を聞く機会が少なく謎に満ちた存在ですが、本記事では、戸國さんの49年間をプレイバックしながら、普段は見えない素顔を暴いていきたいと思います!

【社員インタビュー vol.2 】 
ー 開発本部・本部長 戸國 英器(とくに えいき)profileー

16年間、VAIO事業(ソニー)で高周波回路設計やデジタル回路設計を経験。
そして 46歳の時、これまでの経験を活かし、”ドローン事業”に転身することを決意し、VFRへ。
VFRは”VAIO”の「出島会社」として2年前に設立されたドローン会社ですが、戸國 本部長は創業前からドローン産業の立ち上げに貢献している数少ないメンバーの一人です。現在は主に、ドローンの開発・設計面をリードし、ODM先や関連部門との調整・折衝などのマネージメント面でもご活躍されています。

❒ 新規事業の立ち上げに目をつけた抜群の先見性

|VFRではドローン開発・設計担当をされている戸國さんですが、学生時代から開発・設計を学ばれていたのですか?

大学院時代はもともと、「電力」を専門的に学んでいました。将来も「電力」の知見が活かせる仕事に就きたいと考えていたのですが、就職に備えて様々な資格を取得していく中で、「これを一生の仕事にするのは違うな」「もっと面白いことしたいな」という違和感を感じ始めて。そこからは、「電力」を学びながら、別の分野で”面白いと思える仕事”も探し始めました。そんなある日、新聞で「1996年、ソニーが米国でデスクトップパソコンを発表」という内容の記事を見つけて、その頃はちょうどインターネットが普及し始めた時期でもあったので、「これからこの事業は伸びていくだろうな」と直観で思いました。当時PC事業は”新規事業”だったということにも惹かれ、ソニーへ就職を決意。全く未経験だった”開発・設計”にチャレンジすることになりました。

| その決断が今のVFRに繋がっていると考えると、戸國さんが大学院で感じた違和感は、その後の人生も左右する重要なターニングポイントだったのですね!

確かに、あの時ソニーに入社していなければ”開発・設計”を学ぶこともなかったし、ましてやその延長線上であるドローン事業(VFR)に携わることもなかったと思います。

| ソニーに入社してからは、どのような方法で仕事を覚えましたか?

ソニー入社直後は、大学院で2年間研究した「電力」の知識が全く活かせなくて大変でした。唯一救いだったのは、大学院時代の研究が、「設計」への理解を深める際に「何をどのように勉強するべきか」の判断基準になったことですね。あとは地道に、書店に並んである本や参考書を頼りに毎日勉強していました。そして、やっと入社4年目で一人立ちした(回路図が1人で描けるようになった)感じです。

| さらっと仰っていますが、その環境はかなり辛くなかったですか、、?

しんどかった記憶はありますが、当時は目の前の仕事を覚えるのに必死過ぎて、実はあまりよく覚えてないんです。(笑) 回路図を早くひとりで描けるようになりたくて、あえてPC事業から離れて、苦手な業務(回路図)が多い部署に移った時期もありました。常に手を動かす癖は身に付いていたので、後ろを振り返ることはあまりしなかったと思います。

| その時の経験は、その後のキャリアでも役立っていますか?

結局、移動した部署も、海外製の圧倒的なコストパフォーマンスや資金調達面などの事情で廃止(商品未発売)という残念な結果で終わりましたが、そこでの経験は今のキャリアで大きく活かされている気がします。それまでは、目の前の課題に猪突猛進していたけれど、自分たちだけで解決できないような大きな問題がある場合は、「商品化できるのか」といった点にも着目するようになりました。当時から精一杯やっても商品化出来ない(結果になる)こともあると、良い意味で割り切れていたので、外部要因にモチベーションを左右されにくい性格も、僕のものづくりのキャリアにおいてすごく役に立っています。(笑)

❒ 46歳で再び「新規事業の立ち上げ」にジョイン!!2030年は世界の頂点を目指す。

|VFR(ドローン事業)には、最初、出向者として参戦してるんですよね?

そうですね。設立当初は僕を含め、VAIO出向者の5名のみでの立ち上げでした。
かなり少人数でのスタートだったので、必然的に今までの役職よりも上の立場になっていて。これまでの人生ではあまり”役職”を意識して働いたことがなかったので、立場の変化は転機だったように思います。

|戸國さんってあまり飲み会とか参加しないイメージなんですけど、何か息抜きとかされてるんですか?

お酒は飲まないというよりも、飲めないんです。(笑) 基本的には仕事のことをいつも考えてしまいますね。結局、昔から「ものづくり」が好きなので、その延長線上に仕事があるという感じです。ドローン事業が日本で普及して、VFRが世の中に認められるようになったのを見送った後の余生は、1人で黙々とものづくりをして過ごしたいです。

| 戸國さんが考える「ドローン開発」について教えてください。

現在日本でのドローン事業はまだまだ駆け出しに過ぎないので、多くの企業がそれぞれ長年培った技術を結集させて開発(オープンイノベーション)を進めていますよね。僕自身も、PC設計は出来るけど、航空力学はあまり詳しくないんです。得意なことだけ伸ばして、うち(VFR)のできることに専念するという会社の方針はすごく良いと思うけれど、やはり「ものづくり」が好きな立場からすると、「知りたい、作りたい」が勝ります。 将来、誰からも邪魔されず1人だけのドローン開発を行える日を夢見て、「航空力学(本)」も勉強中です!

| VFRで苦労した点を教えていただいてもよろしいですか?

僕は今までVAIOという大きな組織の中で一生懸命やってきましたけど、VFRはベンチャーな上に、ドローン事業も新規産業です。そのため、自社だけで解決できない問題が山のようにあります。僕の立場は、他社から自分でリソースを貰ってこないといけないのですが、他社さんもドローン開発が本業ではない場合が多いので、いかに声を大きくして、多くの方に協力してもらえるかが課題だと考えています。自分自身で「ヒト・モノ・カネ」を持ってくるのには、今まで自分が学んできた知識と技術だけでは不完全なので、僕とは違うリソース(専門知識)をもった部下のサポートも大切ですね!
本年は航空法改正により、ドローン事業が日本で本格始動します。今の「個の時代」において、これからは外部の方とのコミュニケーションも、優先順位を高くしていきたいです。(お酒以外で。笑)

|ありがとうございます!
では、最後に。これからどんな方と一緒に働きたいですか?

やはり、新しいことにチャレンジできる人ではないでしょうか。
ドローン事業は新規事業ですから、今もこれからもトラブルがたくさん起こると思います。元々は電気屋さんの知識しかなかった僕がここまで続けてこられたのも、根強くチャレンジしてきたからだと思っています。僕が不器用なせいもあるかもしれませんが、電気屋さんの知識と16年間のPC事業をかき集めても上手くいかないことが当たり前の世界です。だから、僕は今も学生時代と全く変わらず、勉強を続けています。これからVFRは世界一のドローンメーカーを目指しますが、この記事を見てうちに興味を持ってくれた方にはぜひ、この新産業が日本で普及する前のフェーズ(今)でジョインしてもらえると嬉しいです。新規事業の立ち上げの瞬間は、インターネットが普及している現代、貴重な体験です。「トラブル上等」の上手くいかないことを前提に、ドローン事業を一緒に育ててくれる方をVFRは歓迎致します。

インタビューを通じて

私が入社して6カ月、戸國さんを見ていると、あまり出世道に興味はないのかな、、?
と思う場面が多々ありましたが、本インタビューでその違和感がスッとなくなりました。
大学院時代からのご友人(VFRメンバー)によると、当時から「肝の据わり方」と「勇気」が周りと比べて、ずば抜けていたそう。 まっすぐな姿勢の戸國さんは、その個性がそのままキャリアに活かされているような気がします。(笑)
戸國さんが「頑張り屋さん」と呼ばれるのはなぜか。 絶対に疲れているはずなのに、今日も「爽やか」に出勤するのはなぜなのか。
その答えは、仕事選びの際に”ものづくりへの愛”という、ご自身が最も大切にしている思いを胸にジョインを決めたからではないでしょうか。

最後までご覧いただきありがとうございました!!!